先週土曜日の父は、終始寝ているだけだった。
起こすと、
「起こして」
と言う。
ベッドの頭部分を上げるが、寝ているのでだんだんずり落ちる。
「起きて!」
「起こして」
「もう起こしとうで!」
するとまた寝てしまう。
その繰り返し。
「起きて!」
「起こして。風呂はいるわ」
「家ちゃうで!」
寝ぼけているからなのか、やはりボケてきているのか、やり取りが困難になっていた。
前の病院でもそうだったが、手にはミトンのグローブをつけられ、ベッド柵にくくりつけられている。
鼻のチューブを抜こうとしたらしい。
前回スマホを持ってきてくれ、というのでスマホを持ってきたし、テレビが使えるようにイヤホンも買ってきたのに、手袋をしていては何もできない。
頭はボケる一方だ。
鼻のチューブは必要なのか。
栄養を送り込むより、娯楽のほうが必要なのではないか。
生かされている意味はどこに?
カフェオレを飲む
2月10日。
今日行ってみると、病室が変わっているうえ、ベッドに父がいない。
車椅子に乗せられて、ダイニングのような、談話室のようなところにいた。
ガラス戸の向こうには姫路城。
父は座ったまま居眠りをしていた。
看護師さんの話では、少しずつ起きている時間が増え、食事も昼と夜に増え、経鼻栄養は朝だけになったらしい。
とはいえ、何度も何度も起こさないと眠ってしまい、反応が薄く、なかなか会話にならない。
仕方ないので何気なく肩を揉むと、
「痛い!」
と大きな声を出して、パッチリ目覚めた。
そして、自動販売機が目に入ったせいで、
「あそこでコーヒー買うて」
と言う。
看護師さんに尋ねると、トロミをつけないと、と言われる。
「トロミがあればいいんですか?」
と尋ねると、看護師さんは医師に確認を取ってくれて、私が買った缶コーヒーを少しだけコップに移し、トロミをつけてくれた。
トロミ、というか、ほとんど固形に近いほどのドロドロになった。
コーヒー味の片栗粉というかんじ。
最初は私がスプーンで何口か食べさせる。
いけそうだったので、その後、父の手袋を外してやり、スプーンを持たせると、猛烈な勢いで食べ終えた。
驚いた。
食べれるやん!!
コーヒーはまだまだあるので、看護師さんに、
「もうちょっといいですか?」
と聞いたが、
「もうすぐお昼ご飯ですので」
と断られてしまった。
父も満足したらしく、それ以上は欲しがらなかったので、あきらめた。
眠っている様子を見ると、もう死ぬのでは、と思うが、食欲があるということは、生命力があるということだ。
人間はしぶとい。
ロケーション抜群
父のリハビリ病院は、姫路駅から徒歩で行ける便利な場所にある。
初めて行ったとき、行きは病院の送迎車に同乗したからわからなかったけれど、病院周辺には姫路の城下町ならではの観光用案内板があることに気付く。
特に、病院は「お夏清十郎」のお夏の生家跡だった。
「お夏清十郎」は井原西鶴『好色五人女』の物語の一つで、姫路が舞台の悲恋の物語。
この前姫路城に行ったときにお菊井戸も見たけど、物語の場所が実際にあるとワクワクする。
また、そこからすぐに、老舗中華料理店「東来春」。
ここでしか食べられないオンリー・ワンのシュウマイで有名な店。
このシュウマイ、決して美味しくない。むしろ不味い。
しかもウスターソースで食べる。
でも、姫路では有名で、皆食べる。
父の姉であるミッコおばさんは、ここの中華そばが好きだった。彼女は中華そばと言わず支那そばと呼んでいた。
ちょうどランチにシュウマイと中華そばと胡麻団子がセットになったものがあったので、久々に食べてみた。
相変わらずシュウマイは謎の味。
中華そばは、びっくりするほどあっさり。
今どきのラーメンはこってりしすぎて食べるとしんどいけれど、これなら胃もたれせずに食べられる。
お会計をするブースの壁に、お店の人とマッハ文朱が一緒に写っている写真が飾ってある。
私が子供の頃からずっとあるやつ。まだあったことに驚き。
東来春の斜め向かいには、かもめ屋。
昔、父方の親戚が「みんなでごちそうを食べに行こう」となると、この店だった。
海鮮が好きな父の姉ミッコおばさん、肉が好きな父の妹ヒッコおばさん、その双方のニーズを満たしてくれるので重宝していたのだ。
でも、私は一度も連れて行ってもらった記憶がない。
いつか行きたいと思っていたけど、ミッコおばさんはとっくに鬼籍に入ってしまったし、父は食べられないし、ヒッコおばさんも股関節に問題を抱えてて歩けないし、「いつか」はもう叶わない。
かもめ屋の門を曲がるとアーケードには、行列のできるトンカツ屋のとんかつ井上。
今日、父に、
「近くに人気のトンカツ屋があるよ。お父さんトンカツ好きだったでしょう?」
と尋ねた。
ところが、今日、好きな食べ物を聞いたら、
「八宝菜」
と言う。
確かに八宝菜も好きだったけどさ!!
もう一度旅行したい国、を尋ねると、「台湾」と言った。
一応起きていれば、一問一答はできる。
とんかつ井上の横にはスッポン料理の高級料亭瓢亭。
リニューアルする前、昔父母と3人で瓢亭にスッポン鍋を食べに来たことがある。
家族全員、あれが初めてのスッポン体験だった。
なんだか思い入れのある、姫路西二階町。
この辺りはスイーツのお店もいろいろある。
病院通いが苦にならないというのが、唯一の救いだ。