12月は、サトイモの幼稚園のおゆうぎ会があった。
今年のサトイモのクラスの演目は『人魚姫』。
今年はディズニー映画の実写版があったから、この演目が選ばれたのだろう。
年長さんともなると、長めのセリフがあったり、ソロパートがあったりと、これまでより求められることのレベルがグッと高くなる。
演目が決まったあと、当然、配役が話し合われる。
その日のお迎えのとき、先生に呼び止められた。
サトイモは、
「ボクは何もやりたくない」
とキャストを拒否したらしい。
「幼稚園最後のおゆうぎ会なんだから、何か頑張ろうよ」
と先生にうながされると、
「じゃあワカメをやる」
「そんな役はありません」
「じぁあアサリをやる」
「それもありません」
「じゃあ海の波をやる」
「あ、そうだ、それだったら、キーボードはどう? 先生のピアノの横で、波や雷の音を出したり、音楽を流したりするの」
「それやりたい! ボクそれやる!」
というわけで、サトイモは音響さん、キーボードで効果音を鳴らす裏方スタッフとして参加することになった。
みんな出役となるおゆうぎ会で、一人だけ裏方になるということで、先生は気を使って私にその報告をしてくれたのだった。
「出たくないという子を無理やり出させるものでもありませんから」
加えて、サトイモの気まぐれについても、私を加えて約束させた。
「キーボードは特別なお仕事だから、やったりやらなかったりは困ります。やるとなったら練習には全部参加すること。本当にできる?」
「うん、できる」
「お母さんの前で約束できる?」
「できる」
そこまでして、サトイモは音響さんをやることになったのに、本番一週間前に先生から、
「サトイモくんが練習に参加できなくて、ずっと園内を走り回っています」
という報告があった。
「ボクはぜんぶもう覚えてるし、できるから練習しなくてもいいんだ」
というのが本人の言い訳。
でも、最初の約束はそうじゃなかったよね、と先生方が説得しても、
「ボクはやりたくないことはしない。やりたいことしかしないからね!」
と言い、挙げ句の果てには、
「おゆうぎ会なんて、みんなやめてしまったらいいんだ!」
とゴネたという。
みんなの輪に入れない
先生方と話していて浮かび上がってきたのは、劇を作るためにクラスのみんなが団結しようとすればするほど、疎外感を感じるサトイモの姿だった。
自分の出番じゃなくなるとすぐにウロウロするサトイモを、しっかり者の女子たちが注意する。
それが面白くなくてサトイモは出ていく。
自分がいなくてもクラスは回るし、劇を作っている中心メンバーばかりが、より仲良く盛り上がっていく。
サトイモは輪に入れなくて、また練習に参加しなくなる。
効果音が必要な部分までサボる。
また注意され、アテにされなくなり、必要とされなくなるから、余計に居場所がなくなる…。
そして、かまってほしくて、物を振り回してみたり、お友達の小道具を取ったり、悪さをしてふざけるけど、おゆうぎ会で一生懸命のみんなには注目もされないし、ただ嫌われるばかり。
…完全な悪循環だ。
団結、協調、みんなで力を合わせて…。
ああ、私もすごく嫌いだったなぁ…、と思い出す。
嫌だったけど、私はそれでも参加してたし、参加すればそれなりに得るものもあった気がする。
お手紙作戦
何回かお話をしてみたけれど、聞いているのかいないのか、まともに返事をしてくれない。
怒られるのだと思って、はなから耳を貸さないようだ。
仕方ないので、私はサトイモに手紙を書いた。
本番前日の最後の練習だけは、なんとか参加させたい。
私がサトイモに伝えたいことは2つあった。
一つは、約束を守る子になってほしい、ということ。
最初からやりたくないことなら、やらなくてもいい。
けれど、最初に「やる」と言ったものを途中で投げ出してはいけない。
やると約束したのだから、最後までやりきってほしい。
もう一つは、本番に緊張しない秘訣は、練習量だということ。
サトイモはとにかく「緊張しぃ」で、本番はカチカチになる。
「これまで練習を頑張ってきたのだから、練習どおりやれば大丈夫」
という理屈が、普段サボってばかりのサトイモには通じない。
せめて最後の練習だけでも、うまくいった記憶があれば、本番もうまくやれるはず。
そのようなことを、ひらがなで手紙に書いて渡した。
読んでくれたかどうかは知らない。
形にはなったものの。
さて、本番。
サトイモはキーボードをやりきった。
一応形になっていた。
終了後、担任の先生からは、
「あんな真剣なサトイモくんの姿は初めて見ました。お父さんお母さんが見に来られてたら、あんなに違うんですね!」
と驚きの感想をいただいた。
また、意外なことに、セリフも一言だけあった。
他の娘と結婚する王子様を魔法の貝殻で刺し殺すように、人魚姫を促す魚のセリフ。
「このかいがらで、ささなければ、あわになります!」
去年の『アリとキリギリス』でテントウムシ役をやったときは、小さくて震える声だったけれど、今年はしっかりと大きな声でハキハキ言えていた。
出役でなくてもいいと思っていたけれど、親としてはやっぱり、セリフがあってよかったなぁ、と嬉しかった。
本番、体調を崩したりして休んだ子が何人かいたそうだ。
その穴を埋めた子たちがいた。
ある女の子は、もともとは海の王様だけだったのに、代役として立派に魔女役も演じきった。
どちらもけっこう長いセリフがあった。
その子を筆頭に、歌の上手な子、背景の絵を描いた子、ダンスの上手い子など、能力の高い子が多いなぁ、と感心する。
私立幼稚園だからだろうか。それとも今どきの子はみんなそうなのかな…。
サトイモが自信をなくしてしまうのもわかる気がした。
サトイモの機嫌がいいとき、副園長先生がサトイモになぜクラスから脱走してしまうのか、ゆっくり話を聞いたことがあったらしい。
サトイモの口から、
「なんか、みんなについていけない」
という言葉がもれたそうだ。
3月生まれで、マイペースで、 何をやってもクラスのみんなより少し遅れてしまう。
けれど、プライドが高くて、素直に遅れを受け入れられないから、クラスから逃げてしまうのだろう。
幼稚園でこの調子では、小学校だとどうなってしまうんだろう?