奇才サトイモの元気が出る発達日記

発達障害(ADHD&ASD)の疑いがある息子サトイモの子育て日記です。

カネの亡者

最近、サトイモはおカネに目覚めた。

「おカネちょーだい!」

とにかく毎日カネ、カネ、カネだ。

 

最初のきっかけが何だったかは忘れたが、幼児教室の宿題のプリントを1枚するごとに、1円玉1枚もらえる、という制度にしたら、

「プリント百枚、いや、千枚やるよ!」

とヤル気満々になった。

 

もともとは、プリント1枚ごとに、「ユーチューブ5分視聴券」がもらえることになっていた。

我が家では、視聴券がないとYouTubeを見せてもらえない。

プリントをしてほしいというより、YouTubeの視聴制限のために設けた制度だった。

お金がほしいというので、同じようにインセンティブ制度にしたのだ。

 

最初の5円が貯まったとき、両替してもらって1円玉5枚が5円玉1枚になって、サトイモは大変喜んだ。

「貯めたお金で何をするの?」

と聞くと、

「神社でパンパンする!」

とうれしそうに言うので、

「せっかく苦労したお金をお賽銭につかっちゃうの?!」

と驚いた。

 

やがて、10円玉1枚、5円玉1枚、1円玉1枚と3種類を手に入れたとき、夫に対し、

「パパはお金がないんでしょう?」

「そう。パパはお金がないよ」

「それで欲しいクルマが買えないんでしょう?」

「そのとおり」

「だから僕がパパにお金をあげます。どれがいい?」

と、必死でプリントして貯めたお金を、無条件で父にプレゼントした。

「じゃあ、10円玉をください」

と夫。

「これでランドクルーザー買える?」

「いや、これじゃ買えへんなぁ…」

「じゃあ、この10円、パパは何に使うの?」

「パパも神社でパンパンしようかな」

「ええっ!?!」

そこでサトイモが凍りついた。

ど、どうした?!?!

私が尋ねると、

「だって…、だって…、神社でパンパンするなら、5円のほうがいいのに…!!!」

 

駄菓子への目覚め

どうもサトイモはお金の価値をわかっていない。

それがわかってきたので、30円になったとき、スーパーの駄菓子コーナーに連れて行った。

 

これまで、サトイモはスーパーで走り回ったり、あれこれ触りまくったりするので、なるべく買い物には連れて行かず、コープの個配を利用するか、夫に頼むかしていた。

たまに連れて行っても、私は支払いはカードかスマホ決済を使う。

モノを買うためにはお金が必要だ、ということを、サトイモはピンときていないのではないか。

 

それを理解させるためにも、自分が必死で貯めた十円玉3枚でお買い物させることにしたのだ。

たった30円では、買えるものが限られている。

それでも、いつくかは買えるものがあって、値札を見ながら、サトイモは目をキラキラさせてお菓子を物色していた。

 

候補は、

 

結局、チロルチョコに決定し、チョコと30円を握りしめ、空いているレジへ。

私がついていこうとしたら、サトイモは、 

「ママはここにいて!ついてこないで!」

と制止した。

遠くからレジを見守る。

無事自分で購入できて、レシートとお釣りをチョコ以上の宝物のように袋に入れて戻ってきた。


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「ほら見て!30円出したら、6円くれたんだよ!」

「そりゃあ、30−24=6だからね」

「うれしいなぁ!またおカネがふえちゃった!」

「いや、増えてないからね」

わかってるようで、なかなか理解までは程遠い。

 

なんぼや言え

その後、何回かサトイモは自分のお金で駄菓子を買った。

モノには値段がある、ということが理解できてきた。

成長を感じたのは、コンビニでアイスを買おうとして、どれも100円以上することを知ったときの一言。

「アイスって、たかいんだね…」

淋しげにつぶやいたときに、とても愛おしくなった。

 

反面、

「それっていくらするの?」

「何円で買ったの?」

「いくらあったらそれ買えるの?」

と質問ぜめにされるのは、うっとおしいったらない。

私は数字を覚えるのが極端に苦手で、物の値段もすぐ忘れてしまう。

適当に返事をするが、悪気なく、

「ほんとうにそんな値段?あってる?」

などと言われると、後ろめたさからイラッとくる。

 

それとはまた違う話だが、夫もよく、私が購入したものについて値段を尋ねてくる。

「その服、どこで買うたん? なんぼしたん?」

…この質問が大嫌いだ。

 

安ければ安いで、

「そんな安物買うて」

と思われそうで嫌だし、高ければ高いで、

「ようそんな無駄遣いしたな」

と言われそうで嫌なのだ。

全くの他人なら、こんなことを思わないかもしれない。

夫婦だからこそ、値段を尋ねられるとイヤミに感じる。

我が家は夫婦別会計だけれど、それでもだ。

 

「自分のお金で何を買おうとあなたに関係ないでしょ!」

「値段きいただけやのに、なんで怒るん」

「親しき中でも、値段を聞くのは失礼です!!」

「ちょっと好奇心で知りたいだけやんか。それのどこがあかんの?」

 

そういえば、テレビで旅行番組やグルメ番組を見ているときの父の口癖が、

「ほんで、なんぼや!なんぼか言え!」

だった。

「うまいのはわかった!せやから、値段を言わんかい!」

人間、モノの値段が知りたいものなんだなぁ。

 

我が子なりに、サトイモの良いところは、「ありがとう」という感謝の言葉がすんなり出るところだ。

これまでもそうだったが、おカネやモノの価値がわかるようになって、これまで以上に、

「買ってくれてありがとう」

と言えるようになった。

 

また、手に入れた物に対して、ケチにはならなかったことも幸いだ。

必死で貯めたお金で買ったうまい棒も、公園で食べている途中で寄ってきたスズメに分け与える。

「今度ボクがパパに買ってあげるね」

の気持ちも失われていない。

「だって、パパはいつもお金がないっていってるからね」

 

そう書くとすごく良い子みたいだけれど、サトイモはそんなに大切なおカネをほったらかしにする悪癖がある。

1円玉が床に散乱しているのを目にすると、ありえない気分に困惑する。

あった場所に戻す、床にモノを置かない、など、いくら言っても片付けができない。

発達障害の特性からくるものかもしれないが、いつか困ったことにならないか、心配はつきない。