玄関先にまだベビーカーがある。
1年以上放置したままだ。
朝、玄関を出るときに、
「そろそろ誰かにあげるなり売るなりしなきゃなぁ」
とつぶやくと、幼稚園途中、サトイモがこんなことを言った。
「ベビーカーといえばママぁ、階段をベビーカーが落ちていって、銃を撃ち合いする映画があったよね?」
ビックリ仰天した。
「それは、ブライアン・デパルマ監督の『アンタッチャブル』の名シーンだよ! ケビン・コスナーとアンディ・ガルシア!」
「そうそう」
絶対わかってないくせに、サトイモは相槌をうった。
「おぼえとうで。あれはハラハラドキドキしたなぁ」
1、2年前、たまたまテレビをつけると『アンタッチャブル』を放送していたことがあった。
なぜそのときテレビをつけたのかはわからない。
たまたまつけて、それがまた偶然にも、あの名シーンの直前だった。
ケビン・コスナー演じる捜査官エリオット・ネスが駅でアル・カポネの帳簿係を待つ緊迫の場面!
サトイモを寝かしつける時間だったのだけど、
「ちょっと待って!これ今から伝説の銃撃戦が始まるとこやん!ここだけ見てから寝よう!」
と、珍しく就寝時間を遅らせて、ベビーカーの赤ちゃんの無事を見届けてから寝たのだった。
私もそのことを覚えていたけど、サトイモがそれを覚えていたのが驚きだった。
伝説の名シーンは3歳児にもささったらしい。
「ベビーカーが階段を落ちるシーンは、実は元ネタがあってね、『戦艦ポチョムキン』っているロシア映画のオマージュになってるんだよ。オデッサの階段っていう、有名な階段のシーンがあるの」
と、幼稚園児にはまだ早い映画ウンチクを述べてみたら、意外にもサトイモが、
「ぼく、戦艦ポチョムキン観てみたい。今日帰ったらオデッサの階段観ようよ」
と言う。
えらそうにウンチクを披露したものの、私も『戦艦ポチョムキン』はまだ見てない。
「そうね、どうやったら見れるか、探しとくわ」
ということになった。
なんでそうなるんだよ!
いつもFilmarksのアプリでその映画がどこの配信サービスで取り扱われているかチェックするのだけど、『戦艦ポチョムキン』は配信の情報がない。
見た人の感想には、YouTubeで見たとあり、YouTubeで全編見られるようだった。
でも、無声映画なので、これを子どもとガッツリ見るのは少しキツい。
しかも、オデッサの階段シーンは描写が残酷らしい。
5歳児に見せるのはどうなのかなぁ、と躊躇する。
それでもサトイモが、
「はやくオデッサのかいだんみせて!」
とせっつくので、YouTubeでまとめ動画とオデッサの階段だけ切り取られている動画を併せてみることにした。
戦艦ポチョムキンを称えにやってきた市民を、コサック兵たちが銃で虐殺していく。
「なんで?なんでそうなるんだよ!」
サトイモは少なからずショックを受けたようだ。
「なんであの子は倒れたの?」
「銃で撃たれたから」
「銃って、空気が出るだけじゃなかったの?」
「空気じゃないよ!弾が入ってて、それが人に当たると、ケガをして血が出て、死んじゃうんだよ」
「ぼく、しらなかったよ…。なんでそんなことするんだよ…」
「それが戦争ってもんだよ」
と私はわかったような口をきいた。
オデッサの虐殺は正確には戦争ではなく、蜂起した市民に対する政府の武力制圧だ。
だとしてもそんな難しいことを5歳児に説明しきれない。(しかも実際は、オデッサでは虐殺などなく、映画上のフィクションらしい。)
ロシア政府がウクライナ市民を虐殺するオデッサの階段シーンは、今回のウクライナ戦争と重なる。
今も世界では戦争が起きていること、戦争を起こしてはいけないことをサトイモに伝えた。
「地震でもビルが壊れたり人が死んだりするんだよね?」
「そうだけど、地震は仕方ないことだけど、戦争は人間が起こすことだからね」
「台風は?洪水は?」
「だからぁ、自然が原因のことと、戦争は違うんだよ」
「ふぅん…」
どうも、サトイモには戦争が理解できないらしい。
正義の味方に憧れない
『シン・ゴジラ』の頃はまだサトイモがいなかったので劇場に見に行けたけれど、『シン・ウルトラマン』も『シン・仮面ライダー』も見ることができていない。見たいのに。
サトイモが産まれる前、男の子ならいずれ特撮番組を一緒に観られるかな、と思っていたが、アテが外れた。
ヒーローに全然興味がないのだ。
「仮面ライダー、男の子には人気あるんでしょ?」
と聞くと、
「AくんとかBちゃんとか、仮面ライダー好きだよ」
と幼稚園のお友達のことを言う。
「サトイモも観るんだったら録画しといてあげようか?」
「いや、見ないでいい」
「なんで?」
「みんなが話してるからだいたい知ってるし」
キッパリそう言われて、なんか釈然としないけど、子どもが見ないというのだから仕方ない。
サトイモが最近好きなのは、テレビ番組なら『パウパトロール』、『おさるのジョージ』と『ピタゴラスイッチ』、YouTubeならブリッピーというアメリカの幼児番組。
パウパトロールは犬のレスキュー隊で、ヒーローではあるけれど、悪者がいても決して戦ったり懲らしめたりしない。
サトイモは、人を助ける、優しくする、活躍する、ということには魅力を感じるようだけれど、悪と戦うことには興味がないようだ。
平和主義といえばそうなんだけど…。
正義と戦う、という大義がわからないなら、戦争についてもわからないだろうと思う。
戦争と無縁で生きていけるほど、世界は平和ではないのだけどなぁ。