昨日病院へ向かう途中、病院から電話がかかってきた。父の氏名と生年月日の確認だった。
「心肺停止と聞いているのですが」
と聞くと、
「それについては、ご到着後、医師からご説明します」
と電話口のスタッフが遠慮がちに言った。
その口ぶりからてっきり、もう父は死んだんだ、と思った。
お通夜になってもいいように、お泊まりセットを用意して家を出た。
ところが。
駅に到着前、救急外来で待ってくれているヘルパーさんから、
「搬送中は心肺停止していましたが、今は心肺が戻っているそうです。意識はないそうですが、命はとりとめています。」
とメールをもらった。
えっ!?まだ生きてる?!
そこからは急いで病院に駆けつけた。
こちらは大慌てでも、病院の受付は日常茶飯事である。
まあまあ待たされてから救急外来の待合に案内された。
待っていてくれたヘルパーさんから聞いた状況はこんなかんじ。
ヘルパーさんが訪問すると、父は血だらけでキッチンの床に仰向けに倒れていたという。
シャツとパンツだけの下着姿。
身体が冷たくなっていて、てっきりもう死んでいると思ったけれど、息はしていて、呼びかけるとうっすら反応があったらしい。
慌てて救急車とヘルパーステーションに連絡。
救急車が到着するまでに体温を測るとなんと27度!
血圧は76/30だったそうだ。
体温が少しでも戻るように、布団などをかぶせて温める。
救急隊員が到着し、救急車に乗ってから、父の心肺が停止した。
ヘルパーさんは一緒に救急車に乗って来てくれたという。
さぞかしびっくりされたことだろうと思う。
まったく申し訳ない。
その後間もなく、医師から呼ばれ、父の状態について説明があった。
穏やかな60歳前くらいの男性で、丁寧にゆっくりと説明してくれた。
一命はとりとめたが、意識はないこと。今後も意識が戻る可能性は低いこと。
転倒後起き上がれなかったことで低体温症になっていたこと。
転倒の原因が脚の悪さによるものなのか、脳梗塞や脳溢血によるものなのかは、今の段階ではわからないこと。
右脚の付け根からカテーテルを入れて管を通し、血液を温めて循環させる処置をしたので、体温が戻ってきたこと。
その処置で合併症が起きているので、脚の付け根を切開する手術が必要なこと。
今は人工呼吸器につないでいるが、自発的な呼吸ができるかどうか、できてもそれが続くかどうかはわからないこと。
そうなると、もって2、3日くらいだということ。
「本来、ご家族様の了承を取らなければならないところですが、緊急のことでしたので、延命処置をさせてもらいました。ご了承いただけますでしょうか」
えらく低い姿勢に出る。
命を助けてくれたのに、なぜ先生は謝るのか。
確かに、延命処置で無理やり生かさせるのは問題だと思う。
けれども、救急搬送で命を助けてもらって、それで医者に文句言うなんて奴はいるんだろうか。
内科、耳鼻科、皮膚科、神経内科、いろんな医者がいて、エラソーな人がいっぱいいるのに、救急救命の先生が一番丁寧で腰が低いかんじって、すごく皮肉だ。
「てっきり死んだと思っていたのに、時間の猶予をいただいてありがとうございます。本人はどうかわかりませんが、家族にとっては、父が生きているうちに会えてよかったです」
父は普段から、
「俺が倒れとっても何もせんでええぞ。ほっとって死なしてくれ」
と言っていた。
でも、こうやって医療従事者の皆さんが助けてくれたおかげで、私達が父が生きているうちに死に目に会えたのだ。
感謝感謝。
「これから切開手術をしますが、日頃飲んでおられる薬に血液を固まりにくくする薬がありますので、出血がひどければ輸血が必要な場合がありますが、輸血をしてもかまいませんか?」
どうせ父が死ぬのなら、貴重な輸血用の血液を使わなくてもいいですよ、という気持ちもあったが、先生が「輸血をしてもいいか」と許可を取るのは、宗教的問題だと推察したので、
「かまいませんし、治療は先生方におまかせします」
と答えておいた。
そののち、手術室のような場所で少しだけ父と面会できた。
目が開いているので、起きているのか寝ているのかわからないかんじ。
ひとまず姿は確認できた。
サトイモの最後のあいさつ
その後、長時間待ったあと、手術が終わって父と面会することができた。
入院の手続きをさせられたし、病室に案内すると言われたから、入院病棟なのかと思ったら、まだICUの一角にいた。
「これから病室に入院するんですか?」
「いえ、これが入院ですよ」
父は完全に眠っている。
いろんなところに管がつながれている。
サトイモはつながれているいろんな機械を興味深そうに見ている。
入院の面会規則では、中学生以下は入れないことになっている。
この日は特別、集中治療室にいる間だけ、サトイモも面会を許された。
「明日以降、子どもは入れないんだって」
「え、どうして?」
「子どもはバイキン持ってるから」
「なんで!!」
「そういう規則らしいのよ。だから、今日、じいじにさよならの挨拶しておきな」
「じいじ〜、さようなら〜」
「もっと大きな声じゃないと聞こえないよ」
「じいじ!!さようなら!!!」
そして、昨日は家に帰った。
入院2日目
緩和されたとはいえ、病院はまだコロナ対応の制限をかけている。
面会は15時〜17時の間の15分程度。
昨日サインが必要な同意書を準備してもらえなかったので、今日面会も兼ねて病院へ行った。
病室に入って驚いた。
「お父さん起きてる!!!!」
目が開いていて、明らかに意識が戻っていることがわかった。
口に酸素チューブを入れられているので、しゃべることはできないが、質問に首を振る形で意思疎通ができた。
頭はしっかりしている。
死んだものと思っていたのに、まさか心肺が動いて、まさか意識まで戻るとは!!
「お父さん!命拾いしたね!」
と声をかけると、うんうん、と父はうなづいた。
「強いなぁ!がんばったなぁ!」
うんうん。
今までで今日が一番、父に感心した。