絶賛不登校中のサトイモの日々に、「テレビを見る」という日常が加わった。
最近は一切YouTubeを見たいと言わなくなり、その代わりにテレビを見ている。
終わりのないYouTubeよりも、放送が決まっているテレビ(録画やTVer含む)のほうが親としてはありがたい。
私もかつてはテレビっ子で、家から帰ってきたらまずテレビ。
ゴールデンタイムのアニメはもちろん、夕方の再放送のアニメや特撮ものを浴びるように見て育った。
だから、テレビを見ることを決して否定しないけど、ただ、サトイモが見る番組は私とは全然違う。
サトイモが好きなのは、ポツンと一軒家、ビフォー・アフター、笑ってコラえて!、はじめてのおつかい、ナゼそこ?、世界まる見え!テレビ特捜部、鉄腕DASH、目がテン!、学校では教えてくれないそこんトコロ!、坂上どうぶつ王国。
狙ったわけではないのに、所ジョージの番組が半数を超えている。
サトイモには所ジョージ的なものがピッタリくるんだろう。
学校では教えてくれないそこんトコロって、不登校児にはピッタリのタイトルだもんな。
フィクション不全
一方、サトイモはアニメやドラマを全然見ない。
「だって、ウソの話なんでしょ」
と言う。
ウソって言うなよフィクションだよ!
かつてうちの父が、
「ホンマは水戸黄門はあんなことしてへんかったんやて。ウソばっかりつきやがって!暴れん坊将軍もウソや!」
と怒っていたのを思い出した。
時代劇に実在人物が出てくるからといって、史実と混同してる人がいるなんて逆にビックリだ。
彼らには、フィクションをフィクションとして楽しむ境界線がわからない、という特性があるのかもしれない。
アウディ祭りじゃありません
ミラノオリンピックが開催されていたときも、サトイモはよくテレビを見ていた。
テレビを見ると、世間の出来事を少し知ることができる。
そして私にこんなふうに尋ねてきた。
「最近、車のお祭りやってるけど、あれは何なの?」
サトイモは、五輪とアウディのマークを勘違いし、アウディのお祭りだと思っていたらしい。
そこで、オリンピックというスポーツの祭典があることを教え、夏季と冬季の二つがあることも説明した。
冬季は今見てるし、氷上や雪上スポーツに限られるからわかりやすい。
問題は夏季だ。
スポーツがわかりません
サトイモはスポーツにまるで興味がない。
だから、当然スポーツの種類を聞いても答えられないだろうなぁ、という前提で尋ねた。
「夏のオリンピックのスポーツ、どんなものがあるでしょうか?」
「泳ぎ?」
「おお、水泳ね、当たり!ほかは?」
「走る?」
「マラソンとか短距離走ね。あるある」
「バイク」
「バイクはないけど、自転車はあるよ」
「自転車、自転車!英語で言ってみただけ!」
「負け惜しみすご!ほかは?」
「サーフィン」
「おお!あるある!最近なった!」「パラシュート」
「んなもんあるか!」
「木登り」
「もっとあるか!」
「イス作り」
「世界の奇祭ちゃうぞ! ほら、スポーツって言ったら、丸いヤツを使ったりするでしょ、そういうやつよ〜」
「あ、ボールか!そっかじゃあ⋯、クリケット」
「く、クリケット!?ちょっと調べてみるわ⋯、お、惜しい!2028年のロサンゼルスオリンピックから正式種目になるんやって」
「ドッヂボール」
「ないなぁ」
「ビーチバレー」
「普通にバレーボールって言えんか⋯。ほかに出てこおへん?」
「えっと、カゴに入れるやつ、なんて言うんだっけ?」
「バから始まるやつね」
「ば、ば、ば?バイク?」
「バスケ!!」
野球は最近でこそ正式種目から外されたりしたものの、小学生男子なのに、野球やサッカーといった競技が出てこないことに驚く。
興味がまるでないんだなぁ⋯。
新聞イコール⋯
サトイモが一番学ばなければならないのは、漢字よりも常識。
常識を学ぶのに、テレビというツールは悪くない気がする。
加えて、最近、我が家では紙の新聞を取り始めた。
スタンダードで、オーソドックスな、情報の取得。
なんて時代の逆行!
これだけ激動の時代で、ネットにフェイクニュースが溢れてきた昨今、新聞が何を書いているか読んでおいたほうがいいかも、というのが我が家の判断だ。
「そういえば昔、親が朝、食卓で紙の新聞を読んでいたなぁ」
サトイモが大人になったときには、紙の新聞は完全に消えているだろうから、「新聞紙を読む」という風景をサトイモに残してやるのも悪くないと思っている。
そして、新聞が来るよ、と伝えたとき、サトイモが言った一言。
「ほんなら、お母さんもブルーベリー飲まなあかんやん」
テレビで高齢者向けのCMばっか見てるからそんな発想になるんだよ!
