15歳から私の最愛の人はずっと変わらない。
「推し」なんていう軽い言葉ではくくれない、深い深い大槻ケンヂ愛を持って生きている。
震災後からずっと関西にオーケンが来るときはほぼ欠かさずライブに馳せ参じていたのに、7年間それが途絶えていた。
妊娠、そして子育て。
ほんの1,2年の中断ならまだしも、7年間も。
7年も最愛の人に会えないなんて、自分の不遇を恨まずにはいられない。
それが、先週、ようやく解禁になった。
「怪帰大作戦」、そして神戸VARIT.
先日1月19日日曜日、味園ユニバースで「怪帰大作戦」というイベントを見に行った。
怪帰大作戦は、友達の天羽千夜子さんがかつて所属していたストロベリーソングオーケストラというバンドが主催のイベントで、思い入れがあったのでうれしさもひとしお。
2018年に初めて怪帰大作戦が行われたとき、めちゃくちゃ楽しみにしていたにもかかわらず、妊娠中でしんどくて断念した。
そこからオーケン断ちが始まったので、ライブ参加が再開したのがこの怪帰大作戦だというのも縁を感じる。
そして、会場の味園も今年で閉館。
味園ビルはサブカル者にとっては思い入れのある場所なので、それも含めて寂しい。
最後に行けてよかった。

7年ぶりに生オーケンを見たのはステージではなく、会場入りするときの謎の老人。
ニットキャップにマスク、しかも杖をついてのご登場だったけれど、ファンにとっては一目瞭然。
またなんともカッコよくて、こっそりあとをついて歩いてしまった。
10代だったらキャーと叫んで倒れていたかもしれない。
そしてさらに、1月22日水曜日、神戸VARIT.にて、大槻ケンヂ、ROLLY、中川敬(ソウルフラワーユニオン)の3人による「渋谷うたの日ツアー」。
本来なら2024年9月1日に行われる予定だったのが台風のせいで延期になり、ど平日に。
怪帰大作戦や南堀江Knave、京都磔磔でのライブと合わせて、「オーケンの冬はしばらく西にいる」ツアーになった。
かつての私だったら、たぶん全部行くだろうから、平日に連日会社を早退ということになって、なかなか大変だったろうと思う。

うたの日のイベントは毎年行われていて、オーケン・ROLLYにプラス誰かという企画になっている。
中川敬さんは初めて。
ソウルフラワーユニオンというバンドは知っていたし、震災後の被災地でのライブ活動なども知っていたけれど、私は中川敬さんの歌を聞くのは初めてだった。
阪神淡路大震災から30年という今年、中川敬さんのお話と歌を聞けたのはすごく心に響いた。
ママがいないと眠れない
さて、サトイモはどうしていたか。
まず日曜日、夫は「ゆっくり楽しんで行っておいで」と送り出してくれて、夫とサトイモは車でアウトドアへ出かけた。
昼間は大丈夫だったそうだが、夜になってから、
「やっぱりママがいないとダメ!ママじゃないと眠れない!帰って来るまで起きとく!」
とゴネたそうだ。
私は久々の難波だし、本当は友達とごはんでも食べてゆっくり帰ってきたかったが、サトイモの様子も気になるので夕食も食べずに帰って来た。それでも10時前だった。
帰宅したときには、夫とサトイモの二人がソファで座ったまま眠りこけていた。
それなのに夫は、
「11時頃になるって言うとったのに、早かったな。ゆっくりしてきたらよかったのに」
と開口一番言った。
背中ギックリ
久々のロックバンドのスタンディングライブ、しかも午後3時から8時過ぎまでの長丁場とあって、翌日私の身体はガタガタだった。
そして異変は背中に来た。
ちょっとひねると背中に激痛。
火曜日、急遽整体に行くと、
「これは背中ギックリやね」
と言われる。
整体で少しマシになったものの、水曜日もライブなので絶対に無理は禁物。
それなのに、サトイモは「抱っこして」だの「一緒に遊ぼうよ」だの無理を強いてくる。
痛み止めと湿布を併用して頑張る。
融通のきかない性格
私のオーケン復帰と同時に、サトイモの小学校復帰がちょっとずつ進んでいた。
1月20日月曜日、5時間目サポートルーム登校。
21日火曜日、4時間目サポートルーム登校。
22日水曜日、初めて給食を食べる。給食、そして5時間目を過ごす。
なかなか順調である。
水曜日、学校から帰って来て、
「Oくんと公園で一緒に遊ぶ約束したから公園へ行く」
と言う。
「ママは今日5時には絶対家に帰りたいんだけど。5時には絶対に帰るって約束できるならいいよ」
本当は断りたかったけど、自分が遊びに行く手前、サトイモの「遊びに行きたい」を断れない。
仕方なく公園へ。
ところが、約束のOくんがなかなか来ない。
OくんのママにLINEを送ると、
「遊びに行くのは宿題が終わってからという約束なのに、だらだらしてぜんぜん終わらないんです」
とのこと。
そりゃしゃーない。
でも、サトイモはイライラして、
「Oくんはまだ!?Oくんのママにもう一回連絡して!Oくんはどうなってるの!?」
と一分おきに私にせっついてくるので、こっちまでイライラする。
公園にいたほかの友達が声をかけてくれても、
「Oくんと遊ぶから」
とお断り。融通のきかん奴やなぁ!
結局Oくんがやってきたのが4時半。
「5時になったよ。もう帰らないと」
と声をかけても、
「今遊び始めたばっかやのに!」
と最初の約束が受け入れられない。
私に砂をかけてきたり、自転車をぶつけてきたり、散々。
Oくんのママが、
「ママが用事があるんやったらしゃーないよね。Oくんももう帰るよ。また遊ぼ」
とフォローしてくれて、なんとか公園を出ることができた。
出かけてほしくないんだ
家に帰って、私はサトイモの機嫌を取るために、とっておきのアイテムを出した。
プレゼントすると大喜びで、公園での不機嫌も一発で直ってしまった。

私はライブに向かうために服を着替え、おめかししていると、サトイモがやってきた。
「やっぱり、今日は行かないほうがいいと思う。だって、ママはまだ背中が痛いんでしょ。無理しないほうがいいよ。自分の身体と、大槻ケンヂのライブと、どっちが大事なの!?」
「大槻ケンヂのライブ」
愚問なり!!
私が鼻にもかけないでいると、サトイモは、
「ママのことが大事だから無理してほしくないんだよ~」
などと言っている。
「ママのことが大事だって言うなら、なんで痛いっていうのに昨日背中におぶさってきたりしたのさ。単に行ってほしくないだけでしょ」
サトイモは図星をつかれてもなお、
「パパ~!ママったらあんなこと言ってるよ!!身体のためには行かない方がいいのに!!」
とパパを巻き込んで引き留めようとする。
ああ、面倒くさい。
グルーガンでヤケド
この日の夜はライブ帰りに友達と軽く焼き小籠包をつまんでから帰宅した。11時ごろ。
夫が、「今日は悪い子やった」と言う。
詳細を聞くと、一人でグルーガンを使っていて指を軽くヤケドして、
「ママに連絡して~!」
と大騒ぎしたという。
その後も、指が痛いからとごはんは食べない、お風呂も入らない、薬も飲まない、ママが帰るまで寝ない、とゴネまくったそうだ。
帰宅した私が、
「あらあら、ヤケド!? 大変!! それは痛かったでしょう!!」
と大げさに言うと、
「でもすぐに冷やしたからだいぶ治ったよ。もう痛くない。ボクは若いからすぐマシになった」
とサトイモは自慢げに言った。
私が帰宅してからは、サトイモはとても素直に薬も飲んで歯磨きもし、ベッドに入った。
「さっきまで何一つ言うこと聞かんかったくせに!」
と夫は憤慨。
やれやれ。
ママと遊びたい
その翌日、23日木曜日、学校を休んでしまう。
前日の就寝時間が遅かったせいで、朝も10時半まで寝ていた。
なんとか起こして学校に行かせようとしたけれど、出かける直前になって、
「今日はまだ全然遊んでない!家でママと遊ぶ!」
とゴネだし、私と闘いになる。
しかし、私はまだ背中ギックリが完全には治りきっていなくて、
「まだ背中が痛いからやめて」
と言うのにサトイモが攻撃してきた。
それほどの痛みではなかったけれど、予防措置として、私は玄関に倒れ込んでしばらく動けないふりをした。
それでもなお、
「ママ!遊ぼうよ!一緒に遊ぼうよ!ママったら!」
と身体をゆすってくるサトイモ。さらには上に乗って体重をかけてくる。
「マジで痛いっていってるでしょう?!?」
ママの身体が大事だと言った子どもはどこへ行った??
7年ぶりにライブに行ったツケなの?
まだこんなに苦労しないといけないの?
情けなさに泣けてきて、声をあげて大泣き。
Oくんのママが公園でこんなことをつぶやいていた。
「小学生も高学年になったらもうオッサンみたいやないですか。Oくんが大きくなって、可愛くなくなったらイヤやなぁ。このまま大きくならんとってほしいなぁ」
いやいや、私は早くサトイモに大きくなってほしい。
そして早く離れてくれ、私のストーカー。