警察署では、サトイモと私、それぞれが小さな部屋に通された。
奥に一人、手前に一人が座れる机がある。
取り調べや事情聴取専用の部屋なんだろう。
家に来たお巡りさんに話したこととほぼ同じことをまた話す。
お巡りさんも手帳に書いていたし、こちらでもノートに書く。
まだまだ筆記用具は健在!手書き万歳!
ひとしきり話すと、人がときどき入れ替わる。
数人が入ったり出たり。生活安全、特に少年担当と思われる。
ご自身も小学1年生の娘がいるという女性と、幼稚園年長さんの長男を含めて3人の子どもを持つ男性と、鈴木ヒロミツとシソンヌ長谷川忍を足して2で割ったような男性の3人が主なメンバーで、シソンヌヒロミツがどうやら一番エライ人っぽかった。
ときどき入れ替わるのは、こちらとサトイモがいる隣と、自分の事務机や管理職等との連絡をしているらしい。
隣の部屋からは、途中からワイワイキャッキャと遊ぶサトイモの声が聞こえてきた。
持ってきたトミカを走らせて壁にぶつけている音が聞こえてくるかと思えば、腕相撲か指相撲をしているらしく、「12345678910!」とカウントしている声も聞こえる。
ようわからんなぁ…。
で、どうしたいですか
シソンヌヒロミツから、こんなことを言われた。
「今、こども家庭センターに連絡をとっているところですが、警察は引きはがすことしかできないんですよ。このあと、どうしてほしいか、意向はありますか」
「どうしてほしいというのは?」
「こども家庭センターで保護してもらうというのも一つの手です。親御さんにはどうしようもないときに、一時的に預かってもらうという選択肢がありますから。自分たちではどうしようもできないから助けを求めたわけでしょう」
言われてみれば、「助けて」と願ったのは私。
でも、どうやって助けてほしいか、全く考えていなかった。
ただただその場を納めてほしかっただけ。
でも、施設に保護されたとして、サトイモの状況が改善されるだろうか?
私は子育てに失敗した。夫も失敗した。だからサトイモがこんなことになった。
でも、私たち以上に児童相談所の人たちはうまくやれるんだろうか?
子どもから暴力を受けて簡単に警察を呼んでしまうような母親失格の私の代わりに?
そんなふうに考えたら、涙があふれて止まらなくなって、号泣してしまった。
「でも、そんなことをしたら、あの子、親から見放された、見捨てられたと思いませんか?」
「それは、そう思わせないようにしますよ」
シソンヌヒロミツは簡単そうにそう言った。プロなんだから当然でしょ、とでも言いたげに。
「ここでなんとかしなかったら、身体もどんどん大きくなるし、どちらかがケガをすることになります。抑え込めるのも今だからでしょう。やられたら手を出しそうになるでしょう。でもここで親が手を出したら、今度は虐待ですよ。もう少しで手が出そうになったんでしょう。そうならないように、ここで何か手を打たないと。そう思っているから、助けを求めたんでしょう」
施設にサトイモを預けることを具体的に考えただけで、私は泣けて泣けてしょうがなかった。子どもと離れることが寂しいとかではなく、こうなってしまった自分が情けなかった。
そのあとも、シソンヌヒロミツは「***でしょう。::::でしょう。」と言っていて、
「で、どうですか」
と突然、返事を求められたが、私はただただ泣いた。
あ、ごめん、今泣くので精一杯で、鼻が詰まって、悪いけど何を言ってるのか全然聞いてなかったわ、と思いながら、また泣いてごまかした。
こども家庭センターはいっぱいです
一時保護という選択肢もある、という前提で、警察は神戸市こども家庭センター、つまり児童相談所への引き渡しを考えていた。
今日、今からこども家庭センターへ行ってください、というのが警察の話だった。
こども家庭センターと連絡がつくまで、ずいぶん待たされた。
取り調べ室の壁には「すべての通信機器の使用は禁止!」という貼り紙があったけれど、あまりにヒマなのでスマホのkindleでプチ鹿島著『教養としてのアントニオ猪木』を読んでいた。
隣では遊び疲れたサトイモが、
「いつまでここにいるの?なんでここにいるの?のどが渇いた!何か飲ませて!」
とゴネ始めていた。
確かに、サトイモは昼食も食べず、何時間も飲み物を口にしていない。
水筒くらい持ってきてやればよかった、どうせヒマなら自販機でお茶くらい買って渡してやりたいのに、と思うけれど、状況的にそれが許されるのかどうかもわからない。
ようやくこども家庭センターと連絡が取れたということで、私のスマホに電話がかかってきた。
すると、担当者が「何曜日がご都合がいいですか?」と言う。
「は?…あの、警察から今日中にそちらへ行って面談を受けてくださいと言われてるんですけど?」
「今日はちょっと時間がとれなくて。明日でいかがですか?」
「いいですけど、じゃあ明日で…」
明らかに、警察とこども家庭センターで言っていることが違う。
言っていることというか、事案の取り扱い方、熱量、スタンスが全く食い違っていた。
110番にかける前、児童虐待通報ダイヤル「189」に先にかけた。
でも、「お近くの児童相談所」にはつながらなかった。
それがすべてを物語っている。
シソンヌヒロミツがどんな正論をぶったところで、神戸市こども家庭センターは受け入れなんてできやしない。本来期待される役割はとうてい果たせない。
こども家庭センターから当日中の面談を断られ、警察もシューっとしぼんでしまって、
「…じゃ、帰りますか」
みたいなかんじで、またパトカーで送ってもらって帰ることになった。
効果はあったのか?
取り調べ室から出てパトカーに乗る前、「子どもに何か飲み物を買ってやりたいのですが」と自販機のあるフロアに連れて行ってもらった。
購入して、ジュースを飲んでいる間、
「サトイモ、もうこれからは『叩かない、蹴らない、物を投げない、壊さない、噛まない、引っ掻かない、頭突きしない』って、お巡りさんたちに約束してくれる?」
と私が言った。
サトイモは全く反省の色はなく、知らん顔をしてジュースを飲んでいた。
付き添いの警察官が、
「そうやぞ。約束せえへんかったら、家に帰られへんぞ。約束できるか」
と口添えしてくれた。
しぶしぶ、「約束するよ…」と言うサトイモ。
「約束やぞ。約束やぶったらまたここへ来てもらうぞ。嫌やろ。わかった?」
「わかった」
一応、本人が了承した形で、警察署をあとにした。
その約束のしかたが渋々っぽかったので、どこまで懲りたのかはわからない。
けれど、今のところ、それ以後明らかに「暴力」という形はとっていない。
お風呂で私に冷水の水鉄砲をやたらかけてくるけれど、それは私が歯をくいしばって耐える!
9月の目標は、暴力をふるわない!
殴ったり蹴ったりは、これを人生最後にしてほしい。