9月の我が家の目標は、「暴力をふるわない」。
当初は、叩かない、殴らない、蹴らない、物を投げない、というキャッチフレーズだったが、サトイモが「だったらこれはいいでしょ」と問題を増やすので、物を壊さない、噛まない、頭突きをしない、引っかかない、唾を吐かない、なども増えた。
叩かない、殴らない、蹴らない、物を投げない、物を壊さない、噛まない、頭突きをしない、引っかかない、唾を吐かない!
平和に暮らすことさえできれば、学校に行かなくたって、夜更かししたって、ごはんを食べなくたって、まぁいいか、とハードルを下げることにした。
なのに、これがなかなか改善されない。
金曜日の夜、サトイモは金曜ロードショーで『今日から俺は!』を見ていた。
私も一緒に見て、ときどき笑うと、サトイモは「どういう意味?」と聞いてくる。
それくらい、わかっていない。わからないほうがありがたいけど。
見てもわからないくせに、途中で寝ようかと促しても最後まで見るという。
「じゃあ、見終わったらテレビを消して寝ようね」
と終了が11時と遅くなるにもかかわらず、私は最後まで見るのを許可した。
ところが、終わっても消さない。
私が「終わったんだから消すよ」と消すと、
「何勝手なことをしてるの!早くしてよ!」
とサトイモがリモコンを投げつけてきた。
「終わったでしょ!もう一回見たいってこと?」
と聞いても、そうではないという。
「早くって何を?何をしてほしいの?」
と尋ねても、
「早く!何をしてるの!早くして!」
としか言わない。意味がわからない。
そして殴りかかって来る、抑え込む、大声で叫ぶ。いつものパターンで大暴れ。
慣れてきたおかげで、投げる物や椅子・机は遠ざけて、サトイモの攻撃ができないように手足を抑えこむ、独自の技を私は編み出した。
グレーシー柔術が最強と言われるのは寝技中心だからで、闘いに重要なのはマウントをとること!…というようなサブカル知識だけで、これまで乗り切っている私。
夫はそれを知らないので、サトイモを後ろから抱きしめる形でホールドする。顔面に裏拳は入るし、胸に頭突きされるし、腕に噛みつかれるし、私よりダメージが大きい。
自分のほうが強いと思っているだけに、力で制してしまう。両者危険。
翌朝、夫婦で反省会をしたとき、
「寝たくないからゴネるんやろうな」
という結論に達した。
『今日から俺は!』がそんなに見たかったわけじゃないだろう。
ただ、寝ない言い訳がほしいのだ。
だんだん精神疾患ぽくなってきた。
眠れないのではない。寝たくない。寝ない言い訳を探して、言い訳がたたないと暴れ出す。
月曜日の夜も似たパターンだった。
ドリフターズの映像のテレビ番組をやっていて、私と夫が喜んで見ていた。
サトイモも笑っていて、
「やっぱり子どもはドリフが好っきゃなぁ!」
と微笑ましく楽しい時間を過ごしたのだけれど、いかんせん終了時間が遅かった。
夫は「録画しておいて残りは明日見よう」と何度も言ったけれど、サトイモは「最後まで見る!」と強情をはった。
「じゃあ最後まで見てもいいけど、終わったら消すんだよ」
と私は擁護したのだけれど、擁護し損だった。
結局サトイモは終了後、またゴネた。
そしてまた暴力パターン。
あかん。
全然治らない。
しかも長引いていて悪化している。
導火線はいたるところに
そして火曜日。
ドリフ後の大暴れでサトイモは午前1時半ごろの就寝だったのに、私たちと同じ6時に起床した。
この日、私は雇用保険失業資格に必要な再就職セミナーを受講する日だった。
平日の午前中だから、本来ならサトイモが学校に行っている間に受けられるはずだった。
仕方ないので、夫に在宅勤務をお願いして、サトイモを家に置いて出かけた。
帰ってきたら夫から、
「邪魔されて大変やった。今日、なんかおかしいで」
と聞かされた。
睡眠不足でハイテンション。確かになんだかおかしい。
声をかけても昼食も拒否。
サトイモは午後から放課後等デイサービスに行く予定だった。
放課後等デイサービス、略して放デイ。
毎週金曜日に通っているそこは、不登校になっても唯一行けるサトイモの居場所だった。
それなら、と今週から日数を増やしてもらうことにした。
この日、初めて火曜日に行くの予定だった。
放デイにも、サトイモは持っていく病を発病していて、山のような荷物を持っていく。
荷物が多すぎて管理ができず、よく他人の持ち物が紛れ込んでいる。
サトイモの部屋に、見知らぬ恐竜フィギュアが落ちていた。
サトイモが出かける先は放デイ以外ないので、おそらく放デイから持ち帰ったと思われる。
サトイモに尋ねると、「知らない」と答える。
カバンの中に入っていたなら「知らない」で済むけれど、自分でカバンから出しているのだから知っているだろう。自分の物じゃないものが紛れ込んでいたらちゃんと報告するように、と私は注意した。
サトイモは「知らないよ」とふてくされたような物言いをする。
「もしかして、わざと持って帰ってきたんちゃうやろうな…?」
最近、サトイモが私や夫の持ち物を勝手に持ち出して自分の物にしてしまう、ということが多発していた。
一番ひどい事案は、私のお財布から現金を全部抜いて、自分の財布に入れていたことだ。(一枚だけ抜くのではなく、お札も小銭も全部というのが子どもらしい。バレバレやろ。)
そのときは「泥棒すんな!」と私も相当非難した。
本人は「盗ったんじゃない!借りただけ!」と言い訳をしたが、それは通用しない。
まさか、他人様のものを拝借する、なんてないよね?
私は頭ごなしに怒ったつもりはなかったけれど、サトイモは注意された、疑われたというだけでも気にくわなかったのかもしれない。
その恐竜事件もあるのか、はたまた寝不足から来る本当の不調なのか、放デイのお迎えが来る直前になって行かないとゴネだした。「しんどいから出かけたくない」と言う。
「しんどいならベッドで寝ときなさいよ」
と私が言うと、
「ここじゃ嫌だから向こうのベッドで寝る」
とサトイモは夫がリモートワークをしている部屋へ行って、ベッドの上をぴょんぴょん飛び跳ねた。
午前中、さんざんサトイモに仕事を邪魔された夫は、
「こっちの部屋へ入らさんとって!」
と私に強く言った。
二人してサトイモを部屋から連れ出し、何度も部屋へ入ろうとするのを阻止。
やがてサトイモが物を振り回し、物で殴りかかろうとするようになった。
ここからは、いつもの暴力パターン。
夫の会議開始時間まで、二人で交互に抑えていたが、一向にサトイモの大暴れが止まらない。
いつもより長時間の闘い。
「助けて~!助けて~!」
サトイモが叫ぶ。
もうどうしていいかわからなくなった。
先週、子ども家庭センターに相談したとき、大暴れしたときの対処法を教えてほしい、と尋ねると、
「危険を感じたら警察に相談してください」
という。
「警察署に電話したらいいんですか?」
「いいえ110番です」
「そんなんで110番してもいいんですか」
「どちらかがケガをするよりもマシです」
それでも、なかなか110番通報するのには躊躇する。
一番最初、児童相談所虐待対応ダイヤル「189」にかけてみた。
「189」は「いちはやく」。
こども家庭庁のホームページには「こどもたちや保護者のSOSの声をいちはやくキャッチする」とある。
けれど、「お住いの地域の郵便番号は?」と聞かれ、「お近くの児童相談所におつなぎします」と言われたまま、ちっともつながらない。
神戸市は、児童相談所=子ども家庭センターだ。
これじゃ、子ども家庭センターに直接かけたほうが早くないか?
子ども家庭センターに相談したら、110番通報しろと言われただけだったじゃないか。
何が「いちはやく」だよ。
結局、110番にかけることにした。
電話はすぐにつながって、すぐに向かいますと言われたけれど、待っている時間は長かった。
電話をかけている間も、待っている間も、サトイモとの攻防は続いていた。
絶叫を続けるサトイモ。
早く来て…。
結果、しばらくして制服のお巡りさんが二人やって来た。
来る直前にサトイモは大人しくなり、ソファの後ろに隠れて出てこなくなった。
夫は、自分がファシリテーションをする重要会議があるといって、110番通報後は部屋にこもった。
闘いが終わった…。
それだけでも、お巡りさんを呼んだ甲斐があった。
初めてのパトカー。
「ごめんな、クラウンのパトカーのほうがよかったやろけど、おっちゃんの車はミニパトなんや」
お巡りさんは優しかった。
警察署へ行った話は、またあとで。
それにしても、いくら社長出席の重要会議だからって、妻と子どもが警察に連れて行かれるのに平然と仕事する夫ってどうよ…。そういう人なのはわかってるけど。