父が老健から病院へ移った翌日、様子を見に行ったら、大部屋の窓側のベッドで父はすっかり眠っていた。
何度起こしても起きず。
ここのところの懸案事項だったボーボーの鼻毛を、持ってきたハサミで勝手に切ってやった。
鼻毛をギューギュー引っ張り出して切っても起きず。
少々鼻が赤くなったが、はみ出しまくっていた鼻毛がスッキリしたので、今日のお見舞いの意義はこれで果たせた、と帰ることにした。
老健施設のほうに精算の書類を取りに行くと、看護師から、
「病院の先生とはもうお話できましたか?」
と聞かれた。
病院で受付や看護師に声をかけたけれど、パジャマセットの手続きとか請求書の送付先など事務的なことばかりで、医療については何も言われなかった。
「一番肝心な話がなかったんですか? 治療に関する同意も必要なはずなので、もう一度病院へ行ってください。こちらから電話して連絡しておきます」
それで老健からまた病院へ戻り、主治医と話をした。
結局、治療方針というのは、延命処置をするかしないか、という話だ。
食べると肺炎になる。
でも、父は食べたい。
経管栄養をすれば安全に命はつなぐことができる。
でも、父は管が嫌いで抜いてしまう。
だから、私は経鼻栄養を断った。
「死んでもええから食べる」が父の意思だ。
隠れてお菓子を食べてむせたとき、施設のケアマネに見つかって、
「食べても、むせたら苦しいでしょう」
と咎められた。
「いいや、美味しかった」
と父は言った。
「美味しいけど、苦しいよね」
「いいや、美味しかった」
頑固なのである。
「死んでもええから食べたいんやろ?」
と私が言うと、父は積極的にはそう言わなかったけれど、うなづいた。
主治医は、
「死んでもええというのは簡単ですが、スッと死ねるわけではないんですよ。死ぬ前には肺炎になって、すごく苦しい思いをしないといけないわけでね…」
と言った。
眼鏡にマスクで薄い顔立ちの先生だが、困った顔をしているのがわかった。
「嚥下に問題があるので、食べられる量も減ってきます。そうすると身体も弱ってきますから、看取り、ということも頭に入れておいてください」
そして、同意書にサインをして帰った。
気がかりは家のこと
父の命がつきる、というのも気が重いが、また葬式を出すのか、と考えるのもしんどい。
そしてそれ以上に、実家の処分について考えるのが心理的に負担だ。
たまに郵便物を取りに行くと、玄関に蜘蛛の巣がかかっていた。
自分の家なのに、空き家化が進んでいる、というのがショックだった。
片付けたいけれど、滞在時間2、3時間では、ゴミが出てもどうにもできない。
車ではなく徒歩だからなおさらだ。
「じいじの家はどうなるの?」
とサトイモに聞かれた。
「どうしようねぇ。片付けて売れたらいいけど」
「つぶさないで!ボクが住むから!」
何を思ったのか、サトイモがそう言った。
もしもサトイモが不登校になって、転校先を探すなら、しばらく実家に移るのもアリかもしれない。
というのも、運動会を前にして、サトイモの登校しぶりが始まったからだ。
頭の痛いことばかり。