奇才サトイモの元気が出る発達日記

発達障害(ADHD&ASD)の息子サトイモの子育て日記です。

掴みそこねたPerfectDays

4月中の小学校の下校時刻は、遅い日でも13時半。
家事や書類仕事をこなし、昼食を食べたら、あっという間にサトイモが帰って来る。
ゴールデンウイークを過ぎて、先週からやっと下校時刻が14時半となった。
抱えていたToDoリストの項目(失業関係や父の入院保険請求などなど)もちょっとずつ減ってきて、ようやく生活に余裕がでてきた。

毎朝『虎に翼』を観て、夜は寝る前に町田康の『ギケイキ』を読む、というエンタメによるルーティンの愉しみも出来てきた。

 

そんな折、Facebookを見ていたら、「松尾貴史 桂かい枝ふたり会」という落語会を見つけた。
場所は新開地にある喜楽館。
喜楽館は2018年に開館。つまり、サトイモと同い年。
せっかく気軽に行ける場所に寄席ができたのだから、すごく行ってみたかったけれど、産後からこの方6年。行きたくても行くこともできずに今日に至っていた。
夫とは、「サトイモも小学生になったし、また二人で寄席に行けるようになりたいね」などと話ていた矢先だった。
最後に夫と二人で落語に行ったのは、大阪天満の繁昌亭での「松尾貴史 桂かい枝ふたり会」だった。
なのでなおさら、
「今度喜楽館でこんな会あるよ。でも無理やんな、ははは」
と夫に打診してみたら、まさかの、
「坊主は俺がみとくから、一人で行ってきたら」
との返答。
「ほんまにええの?」
「母の日やからな」f:id:naminonamimatsu:20240517142447j:image
落語会は母の日の前日だし、私は夫の母じゃないし、いろいろ変だけど、こんな機会はめったにないので、ありがたく行かせてもらった。(サトイモからの母の日のプレゼントは写真のとおり。まさか現金とは!)
ダメもとで友人を誘ってみたら、直前にもかかわらず快く一緒に行ってくれて、なお楽しいお出かけになった。


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松尾貴史(以下すべて敬称略)は落語家じゃないけれど、芸人やなぁと思わせる芸達者ぶり。クシャミの演技なんて、あんなに自然にできるもんなんだろうか、と疑問に思うレベル。枕で奥崎謙三の話が出たのも私としては面白かった。
桂かい枝は私が思うに上方落語で一番笑える噺家で、ポスト枝雀。なーんか、かい枝が高座に上がってしゃべってるだけでなんか面白い。
最近、「フラがある」という言葉を覚えたが、ピッタリの表現。ほんと、桂かい枝にはフラがある。

やっぱり落語はいいなぁ、ともらったチラシを見ていたら、喜楽館の昼席スケジュールが入っていた。

昼席なら、サトイモの下校時間までに帰ってこれる。

今後、平日にふらっと昼席を観に行ったりできるのでは?!?
考えてみたら、落語だけじゃなく、昼間に美術館に行くこともできるし、映画館に行くこともできる。
退職前に想像していた自由な世界が、再び眼の前に広がってきた。

サトイモが小学校に行っている間に行けそうなエンタメで面白そうなのはないかな〜、と調べてみると、シネ・リーブル神戸のモーニングショーで『PERFECT DAYS』をやっている。
ずっと観たかった話題の映画!最高!
喜び勇んでスケジュールに入れた。

 

肺炎で逆戻り

父の老健施設から、父に39℃の発熱があると連絡があった。
その後、病院受診の結果、肺炎との診断とのこと。
再び入院することになった。

結局、『PERFECT DAYS』計画は取りやめ。がっかり…。

老健施設の精算、前にいた病院への再入院の手続き。
いずれ肺炎になることはわかっていたけど、病院へ戻るのが早すぎる。

ただ、肺炎で入院することは決まったものの、病院のベッドに空きがないらしい。2日後ということになった。

 

ひとまず老健施設に見舞いに行くと、父はいつものベッドで点滴中だった。

横になってはいるが、目は覚めていた。
手にはミトンがつけられていて、看護師の話によると、点滴を抜いたり倒したりしたので、防止措置をしていると言う。
テレビもなくやることがないので、父はミトンを外そうとゴソゴソしていた。

「お父さん、肺炎になって苦しかったでしょう」
「いいや、どないもないで」
「熱が39度も出たんやって?」
「そんな出たか?大丈夫や」
しっかりしゃべるのだが、自分の置かれている状況がわかっているのか、とても怪しい。

そうしていると、

「ほな、そろそろ帰ろか」
と父が言った。
「どこへ?」
「家や」
「あのね、明日入院するんですよ。これを見てご覧、今も点滴中ですよ」
「いいや、これは置いとうだけ」
「置いとうだけちゃう!自分の腕を見てご覧!管がつながっとうやろ?」
「ほんまやな。ほんなら、点滴も持って帰ろか」
何を言っているのだか。
「家に帰りたい気持ちはわかるけど、明日入院やからね!」
と何度も繰り返し教え込んだ。
わかったような、わかってないような。

その後、元気になったら八宝菜と餃子が食べたいとか、旅行に行くなら幼少期を過ごした福岡市多々良村で手長エビが食べたい、などと話した。

辛くて苦しみの記憶から気分が落ち込む、というよりも、あれがしたいこれがしたい、と楽しい気分でいるほうがよい。

たとえ現実は何もできなくて、夢でしかなくても。

 

そして、そのあと父は入院したのだけれど、それはまた改めて。