運動会と違って、サトイモは音楽会の練習をとても楽しんでいた。
演目は、
という、盛りだくさんな内容。
サトイモはどの曲も大好きで、家でもたくさん歌ってくれた。
振り付けもあって、歌いながら可愛らしく踊ってくれる。
「あおいそらにえをかこう」という曲は、今回サトイモに歌ってもらうまで知らなかった。
子供には子供の世界がある。
おもちゃ、絵本、幼児番組、などなど、保育士でもないかぎり、子供を持たなければあまり縁がない。
特に新しい子供の歌については、大人が耳にすることがあまりない。
子供向け文化を知ることができるのは、私にとって楽しいことの一つになった。
アレクシャからアレクサへ
うちは3年くらい前からAmazonのAIスピーカーアレクサを使っている。
サトイモは物心ついた頃からアレクサがあるので、AIの存在が当たり前の生活をしている。
Siriやグーグルアシスタントとも違和感なく会話する。
デジタルネイティヴどころか、AIネイティブだ。
でも、悲しいかな、去年くらいまでは発音が「アレクシャ」だったので、なかなか反応してくれなかった。
最近ようやっとちゃんとサトイモの声に反応するようになったのである。
連携する家電を持っていないので、アレクサの役割は主にキッチンタイマーと音楽再生だ。
「アレクサ、『崖の上のポニョ』の曲をかけて」
というと、再生してくれる。
ただ、それだけではリクエストどおりの曲がかかるとは限らない。
同じタイトルの曲なんて山ほどあるからだ。
困ったのは「チキチキバンバン」。
アニメ『パリピ孔明』のオープニング曲のほうがかかってしまう。
トレンド的にはそっちの再生数のほうが多いから優先されるんだろうが、子どもが言ってるんだから察してくれよ、アレクサ。
同名タイトルがある場合、曲名の前にアーティスト名を付け加えるのが最短の解決方法だ。
ところが、子供向けの「チキチキバンバン」を歌っているのは、「山野さと子、中右貴久、ひまわりキッズ」とか「ジェイさん、ブルブルくん、キーウィちゃん、ターキーさん」とか、とにかくアーティスト名が長い。
せめて「コレナンデ商会」にまとめてくれ。
こんなの、アレクサに伝わるわけがない以前に、サトイモが言えるわけがない。
そこで、最適なアーティストが見つかった。
GO-BANG'S。
彼女らが「チキチキバンバン」をカバーしているなんて知らなかったけど、曲調にピッタリあっている。
特徴のある森若香織の歌声がバンドブーム世代には懐かしい。
チキチキバンバンの歌詞は意味不明だけど軽快なメロディは、一度頭に回りだしたら止まらない。
気づいたら私まで、日がな1日、チキチキバンバンを口づさんでいる。
チキチキ大好きよ
「ねぇママ、チキチキバンバンってなに?」
そう聞かれて、返答に困った。
「え〜?! 世界一のクルマ、って言ってるんだから、クルマなんじゃないかなぁ?」
「ほんとにクルマなの?」
「たぶん…。でも、『魔法使いのお前はいつも』って言ってるから、魔法使いかなぁ?」
そこでようやく、チキチキバンバンのことを検索した。
『チキチキバンバン』というイギリスのミュージカル映画があり、その主題歌だったことを初めて知った。
当時輸入してきたときに、ペギー葉山が歌ってヒットしたらしい。
チキチキバンバンは実際に同名のレースカーがあったそうだ。
『チキチキマシン猛レース』とも荻上チキとも全く関係がないこともわかった。
まったく、知らないことがたくさんあるなぁ…。
これはちょっと、ちゃんと映画『チキチキバンバン』を見ないといけないんじゃない?
そう思い、映画を探した。
今どき、どっかの配信サービスで見れるでしょ、古い映画だしアマプラで無料で見れたりするんじゃね?などと甘く考えていたが、配信はどこも取り扱っていない。
仕方ないので中古DVDの線で探し、結果、レンタル落ちのDVDを400円(送料込)で購入した。
私が見るなら字幕だけれど、サトイモと一緒に見るので吹替を選択。
主人公のポッツの第一声を聞いただけで佐々木功だとわかった。
おじいさんに納谷悟朗、悪役の手下には、はせさんじ。
この頃の声優さんなら一声聞いただけで誰かわかる。
でも、驚いたのは、子役の兄と妹だ。
本物の子供が吹き替えているので棒読みの大変下手くそな演技。
どーせ、どこかしらの児童劇団の子供をつかまえてきて声をあてさせてたんだろう、などと思っていたら、なんと浪川大輔と坂本真綾だった。
あまりの驚きで、これだけでもDVD買って良かったなぁ、と思う。
お二人とも、なんと立派になられて…。
で、肝心のサトイモは映画をどう見たか。
アニメではない実写映画、しかも1968年という大昔の映画を果たして見ていられるのか。
途中で飽きて見なくなってもしかたないよね、と思っていたが、意外にもドはまりした。
いや、意外ではないのかもしれない。
チキチキバンバンは、往年の名レーシングカーがスクラップ寸前のところを引き取られ、発明家のポッツによって改造される話。
海にあってはホバークラフトみたいに船に変身し、崖から落下したときは翼が出てきて空も飛べるようになる。
まさに魔法のクルマなのだ。
クルマが大好きなサトイモがはまるのも納得だ。
サトイモの夢は、
「電気自動車をつくる人になること」
だが、
「そのデンキジドーシャはそらもとべるんだよ。うみもね」
と機能が加わった。
しかも、
「そのデンキジドージャはおひさまのチカラではしるからね」
というのだから、なんてSDGs!
緊張の音楽会
さて、音楽会本番である。
本人の話では、調子良く練習しているようだったが、先生の話では全くのダメダメだった。
担当楽器の鈴を床にぶつけたり、足にはめて寝転んで演奏する、ひな壇の下にもぐる、グランドピアノの上に乗る、緞帳を身体に巻いて隠れる、スピーカーを蹴る、などなど、真面目に練習せず注意を受けることばかり。
しかも、注意されると聞き耳を持たずに出ていってしまう。
「楽しくなって、ついつい踊ってしまうのは仕方のないことだと思って注意はしていないんですけどね…」
と先生が言うので驚いた。
家で歌うときに踊っているのは、先生が振り付けたものだと思っていたが、そうではないらしい。
サトイモが自分で考えた踊りを一人だけ勝手にやっていたのだった。
呆れるような、感心するような。
「せっかく皆でここまで練習してきたのに、本番で❛いらんこと❜をしなかったらいいんですけど…」
と心配する先生。
私はいつも迷惑ばかりかけていることを謝りながらも、
「緊張しぃですから、本番はカチコチになって、何もできないと思います」
と楽観的にかまえていた。
実際、音楽会本番はそのとおりだった。
歌は、口がパクパクもしない。
演奏時も棒立ち。
踊るどころか、本来動くべきところもボーッとして動かない。
皆で振り付けをされている『崖の上のポニョ』ですら小さな身振りで、オリジナルの踊りなんてそぶりもなし。
それどころか、緊張から逆にあくびが飛び出す始末。
まったく。情けなし。
私も夫も、
「あいつアカンかったな」
とガッカリした。
一方、担任の先生は、
「すごく頑張ってくれましたね。無事終わってホッとしました」
とサトイモが目立つ行動をしなかったことを喜んでいた。
…複雑。
追悼プレイリスト
幼稚園では、音楽会が終わってからは卒園ソングを歌うようになった。
その一つが、「みんなともだち」という歌。
知っていたけど、うろ覚えだったので、またしてもSpotifyとアレクサの力を借りる。
当然、合唱団が歌っている「みんなともだち」もあるのだけど、うちでヘビロテしているのは水木一郎アニキが歌う「みんなともだち」だ。
サトイモも、
「このヒトのうた、すきだよ」
とうれしいことを言う。
それで追悼のために水木一郎プレイリストを再生したりしていたのだけど、さらに松本零士先生まで亡くなって、私は寂しい気持ちで『キャプテンハーロック』を聴いていた。
「ママ、どうしてこのうたを聞いてるの?」
とサトイモがたずねるので、
と虚しさから投げやりに答えると、
「ぼくのばぁばもね!」
とサトイモが言う。
「ばぁばは関係ないけどね」
サトイモは、死イコールばぁば、と思っている。
たくさんの人が旅立ってしまうので、追悼が追いつかない。