幼稚園では3大イベントがある。
運動会、おゆうぎ会、音楽会だ。
夏休み明け、サトイモの謎の登園拒否に悩まされていた。
本人に尋ねても、とにかくイヤ、ぜんぶイヤ、としか言わないので、何が原因かわからない。
ところが、運動会が終わるとすっかり登園拒否がなくなった。
結果的に、運動会の練習が嫌だったんだなぁ、と判明した。
自分の出番は自意識が高くて緊張するし、失敗すると落ち込むし、出番以外はじっと待たされるのが退屈だし、列に並ばないと注意されるし…。
マイペースの権化であるサトイモにとって、集団行動を余儀なくされる運動会の練習は嫌なことだらけだ。
発達支援教室の先生も通級指導教室の先生も、
「運動会の練習期間中、ストレスを抱える子どもは多いです」
と言っていた。
発達障害系児童あるあるらしい。
いいときは最高、悪いときは最低
では、おゆうぎ会はどうか。
幸い、おゆうぎ会の練習はそれほど苦痛ではないらしく、登園拒否は出ていない。
ただ、やるときとやらないときの差が激しい。
「きょうぼくは、げきのれんしゅー、やらないよ。」
先生にキッパリそう主張した日は、一切練習に参加しないらしい。
無理に参加させようとすると、ほかの園児の邪魔をしようとするので、
「言葉は悪いですが、そういうときはもう放ってます」
と先生がサジを投げる始末。
かと思えば、やる日もある。
ホールで練習していたとき、園長が見に来たタイミングで、
「ちゃんと後ろまで声が届くかな? 園長に聞こえるか聞いてもらおう!」
と先生がみんなに促すと、サトイモは一番に手を挙げて、誰にも負けないハキハキした声でセリフを言ってみたり。
「『寒くて凍えそうだよ』のところは、もっとこう寒そうに!」
と先生の演技指導が入ると、そのとおり震えながら演技してみたり。
エンディングでみんなで歌を歌うところでは、わざと並ばずにカーテンの後ろで歌うので、めせしめに先生に一人で歌わさせられると、堂々と独唱して、クラスのお友達から拍手喝采を浴び、
「みんな、どうもありがとうね!」
と手を振ってみたり。
…何様なんだ、いったい。
遠藤賢司の『東京ワッショイ』の歌詞に、
「いいときは最高、悪いときは最低 いつでもどっちかさ だから嘘はつかない いい奴さ」
というフレーズがあるが、まさにそんなかんじがする。
特に、サトイモが毎日調子良く練習に参加していた時期があった。
先生によると、
「リコちゃんっていう、しっかりした女の子のお友達がいるんですけど、サトイモくんはその子の言うことはよくきくんです」
とのことだった。
「サトイモくん!リコがここからみてるからね!」
と、リコちゃんが演出助手のごとく舞台袖からオッケーサインを出すらしい。
言われてみれば、家での会話でもリコちゃんの名前を聞くようになった。
おゆうぎ会の練習以外でも、昼食指導、体操指導、歌唱指導、とリコちゃんは幼稚園生活全般の面倒を見てくれる。
朝、カバンからお帳面を出すのも手伝ってくれるとのことだった。
ところが、リコちゃんとの蜜月に翳りが見え始める。
「最近、キイちゃんとも仲良くしてるんです」
と、先生の報告。
キイちゃんはもともとリコちゃんの友達で、二人が仲良しだった。
リコちゃんとサトイモが二人で遊んでいると、そこにキイちゃんも交じる。
「面白いんですよ、サトイモくんとリコちゃんが手をつないでいると、キイちゃんがスッと間に入って、二人と手をつなぐんです」
かと思えば、しばらくするとAちゃん、その次はBちゃんと、サトイモの周辺に女の子は絶えない。
おぬし、女難の相が出ておる
だいたい、夏休み前のサトイモの「カノジョ」はクミちゃんだった。
毎朝、クミちゃんがサトイモの登園を靴箱の前で待っていてくれて、サトイモのカバン一式を代わりに持ってくれて、手をつないで部屋までついて行ってくれていたのである。
申し訳ないと言う私に先生方は、
「サトイモくんの世話をすることで、最近クミちゃんがすごくしっかりしてきたんですよ」
とクミちゃんへの良い影響を肯定的に見てくれていた。
ところが、やがてクミちゃんと仲良しのナナカちゃんという女子が、二人の間に割って入るようになった。
健気な世話女房タイプのクミちゃんと違って、ナナカちゃんは気まぐれにサトイモにくっついてベタベタする。
一度なんか、私が幼稚園に迎えに行くと、ナナカちゃんがサトイモにまとわりついて、ほっぺにチュッチュしていたので驚いた。
コロナ禍なんて知ったこっちゃない。
もちろん、サトイモとナナカちゃんが仲良くするとクミちゃんはすねる。
クミちゃんとサトイモが仲良くすると、ナナカちゃんが怒る。
この三角関係については、先生方から逐次報告を受けていた。
一番のゴシップネタは、ラブレター事件。
ナナカちゃんがサトイモにお手紙を書いてくれたので(文字ではなく絵、というか記号のような線)、サトイモもお返事を書くことにした。
私も協力して、女の子が好きそうな便箋、封筒、シールなどを出してやった。
「クミちゃんのいないとこで渡すんだよ」
という入れ知恵つきで。
その3日後、登園しようとして幼稚園に入ろうとしたら、サトイモが、
「わすれた!!おうちかえる!!!」
と泣きながら逆走。
慌てて捕まえて理由を聞くと、今度はクミちゃんに手紙を書くと約束したのに忘れていたとのこと。
副園長先生が門の前でのそのやりとりを聞いてくれて、
「おうちに帰らなくても大丈夫だよ。先生と職員室でお手紙を書こう。手伝ってあげる」
と言ってくれて、事なきを得た。
約束通り、副園長先生にひらがな指導もしてもらいながらサトイモは職員室で手紙を書いた。
そして、副園長先生立ち会いでクミちゃんに手紙を渡そうとしたところ、そこへ目ざとくナナカちゃんがやってきた。
「ナナカのほうが、さきにおてがみもらったんだよ〜」
と、イヤミを言う。
「先とか後とかじゃないのよ〜!お手紙は気持ちなんだから〜!」
と取り繕ってくれる副園長。
「でも、サトイモくんはナナカのほうが好きなんだよね~?ね〜!!」
しつこいナナカちゃん。
「うわ〜ん!!!」
大声で泣き出すクミちゃん。
うろたえて逃げ出すサトイモ。
必死になだめる副園長。
…幼稚園、恐るべし。
それなのに、今度はリコちゃんだのキイちゃんだのと仲良くしているサトイモの罪深さよ…。
あの子にこの子にと、数えれば周囲にいる女の子は十人ほど。
市川崑監督の古い映画に『黒い十人の女』というのがあって、浮気者の男が殺される話なんだけど、さしずめ幼稚園は『幼い十人の女』とでも言おうか。
話題は変わるが、散々な年だった2022年の中で、唯一私にとって良かったことは、令和版「うる星やつら」だった。
どんなに私の心の潤いになったかしれない。
キャストをはじめ制作陣に深い愛が感じられ、ほぼすべてにおいて非の打ち所なし。
子供の頃の自分と目線が違うのは、あたるの母の気持ちに近づいてきたことくらいか。
「産むんじゃなかった」
ととんでもない言葉を堂々と言っちゃうあたるの母。
なのに、息子に対するゆるぎない愛情を感じるのはどうしてだろう。
あほのあたる化しつつあるサトイモに、あたるの母へのシンパシーがあふれる今日この頃。
極度のガチガチくん
さて、おゆうぎ会は一昨日の土曜日、無事終わった。
朝一番の出番だったサトイモたちの「アリとキリギリス。
夫と私と、揃って楽しみに見に行った。
幕が開いて、最初に出てきたサトイモ扮するテントウ虫。
「ボクタチハ、、、アブラムシヲ…、ツカマエニイカナキャ…」
…声、ちっさ!!!!
サトイモはガチガチに緊張。
身体は硬直し、声は震える始末。
終了後、どの先生からも、
「サトイモくんめちゃくちゃ緊張してましたねぇ。あんなサトイモくん初めて見ました。まさかあんなに緊張するなんて」
と声をかけられた。
いやいや。
実は、運動会の入場行進の動画を振り返って見ていたとき、夫が気づいた。
「あいつ、ガチガチや。右手右足が一緒に出とうで!!」
実は極度の緊張しぃであることが、運動会ですでに判明していたのだ。
わかっていたのに。
何か対策してやればよかった…。
そう思っても、後の祭り。
少しセリフを言い間違える場面もあったけど、一応劇はつつがなく終了したことだし、おゆうぎ会はひとまず一件落着。
ただし、サトイモの女難の相はこれからも続きそうだ。